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轍 ‐わだち‐MBA life in Austin,Texas
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轍無き道を
5月の空の下、友人達と卒業の喜びを分かち合ったのももうひと月も前のこと。時の流れの速さに驚くばかりです。
オースティンでの生活の記憶は、もちろん今も鮮明に脳裏に宿っています。しかし「鮮明に」というのはあくまで主観的な尺度。実際は少しずつ記憶のディティールは剥落し、事実に比して印象が占める割合はゆっくりですが、でも確実に高まりつつあるはずです。 時が経てば人の記憶は薄らいでいきます。どれだけそれがその人にとって大切な思い出でも。 だからこそ今、このブログを続けてきて、本当によかったと思っています。その時々のエントリーを読み返すことで、刹那の情景が、その折々の様々な感情・感覚を伴って蘇ります。自由の風に包まれていたあの頃に、すうっと立ち戻ることができます。 日本のこれからについてとりとめもなく意見を交わしたハンバーガーショップの油の香り。 ![]() いいプレゼンを作ろうと朝まで議論を重ねた学生ホールの強すぎる冷房。 ![]() 新緑の下を行き交う学生たちの笑いさざめく声。 ![]() コールドコールを受けた時の背筋がじわりとする緊張感。 ![]() 五感で受け止めたすべての感覚、思い出のひとつひとつが大切な宝物です。 物事は始めるより終わらせる方が難しい。MBAを取得し、こうしてこのブログも無事に卒業することができて安堵しています。 遅かれ早かれ、新しいブログは始めるつもりです。どんな形の、どんな内容のものになるのか、自分の中にはっきりとしたイメージはありません。それは継続していく中で、自然と出来上がっていくものなのでしょう。この「轍」が、2年間のその時々の喜怒哀楽を刻んできたように。 「MBAとは何だったのか」。学んだ内容が、卒業後に役立てるものである以上、今その命題に対する答えが出るはずもなく。それはこれからの日々の泥まみれの苦闘より、自然と導かれるものだと思っています。 今後の自分に必要とされるもの。専門家として足りる知識とそれを維持する日々の努力、専門外の領域への持続的な関心、逆境に耐えうる精神力、そして人間という存在への飽くなき好奇心。そのいずれもが今のところ不足しています。轍さえないけものみちを、こけつまろびつ、でもいつも笑顔で歩を進めて行きたいですね。 軽い気持ちでスタートしたこのブログですが、自分の思いをうまく表現することができず、苦吟し続けた2年間でした。それでも日々、本当にたくさんの方々のアクセスを頂戴しました。ありがとうございました ![]() 自分の残したこの2年間の不器用な軌跡が、少しでもMBAや海外留学を志す方の役に立てば望外の喜びです。 ![]() ご愛読ありがとうございました。 -梅雨の中休みの大阪にて、彼方のオースティンの青空を思いながら
再適応
![]() チチェン・イッツァのピラミッド。カンクンから2時間半ほどで行けます 生活の再セットアップのために東京に来ています。その傍ら、新しい会社の研修や飲み会に参加したりしてます。 殺気立つ東京の人波に圧倒され、賃貸物件の部屋の狭さと家賃の高さにため息をつき、WI-FIの無いスタバに驚き、くしゃみするひとに「Bless you」と言いそうになり。。。一連のreverse culture shockをくぐり抜け、ようやく落ち着いてきました。頭と体が日本のリズムを再び刻み始めたのを感じます。 そんな再適応の過程で、思うこと、感じることはたくさんあります。しかしそれを記す場所として、「轍」はもう適当でない気がしています。このブログもその役目を終えようとしているのかも知れません。 ということで、次回が最後のエントリーとなります。
懐かしい空気
![]() 成田空港の到着ロビー 日本に帰って来ました。 この指先までほぐれるような安らぎは、やはりここでしか得られないものです。そして帰る場所のあることに、心から感謝したいと思っています。 日本語が出にくくて苦労してますが(笑)
アメリカ
![]() フリーウェイより望むサンフランシスコ市街 これまで「アメリカ」という国家の全体について語ることを控えてきました。それをするにはでかすぎて手に余る相手です。でもあえて今日は少しだけ。。。 自分の経験との対比で言うと、その情報量の多さゆえか、日本で語られるアメリカ像の中に明らかに誤りといえるものは少ない気がします。その反面アメリカの一面的な特徴を、その時々の流行、時勢に合わせて、マスコミが引き伸ばし、社会に発信している印象を受けます。 アメリカという国は一言でいえば未熟です。日本の社会の方がよっぽど大人です。若いがゆえに矛盾を孕み、過剰なエネルギーを蔵するためにその矛盾が生み出すネガティブな影響も大きい。その影響は米国内に留まらず、世界中の国々に及びます。アメリカという国家が世界中から嫌われる所以です。 しかし一方で、アメリカを羨ましく思うのは、自らが生み出した矛盾や問題点を解決しようとする自律的なエネルギーを内発できることです。それは常に多様な人々、異なる意見を受容し、その衝突を辞さない「未熟さ」「若さ」が生み出す力です。 そして、その力とそれがもたらす富が、世界中の人々を魅了し、更なる若い力の流入を促します。そういう新鮮なエネルギーが循環する仕組みをアメリカは持っています。 世界の多元化が言われて久しいですが、言うまでも無くアメリカは世界最大の大国であり、人々に大きな夢を見せてくれます。ビザや言語など多くのハードルを抱えながらも、多くの外国人同級生がアメリカに残ることに拘るのもよく理解できます。自分もこの国のことを大好きになりました。 そんなアメリカを今日発ちます。これは自分の選択です。 これからも自分の中に育った「アメリカ」を大切にしたいと思います。そして時々は戻って来たいですね、この若い空気に身を任せに。 ![]() Stanford Shopping Centerにて
Where am I?
![]() さてメキシコから香港にやって来ました。 。。。ウソです、バンクーバーに来てます。実は12年前にも一度来ています。しかし。。。ここってこんなにアジア人多かったっけ? ![]() 上の写真はDim-Sum(点心)の店。店の人の話す言葉は広東語。中国語はわかるOliverも広東語となるとお手上げ。なのでメニューの漢字から自分が一生懸命推測してオーダーします。 店内でおそらく中国人でないのは我々のみ。店の人も我々が広東語を解さないことには気づいていますが、広東語以外では話してくれません。英語もしゃべれるだろうに(-"-) 極めつけは今日の夕食、22ドルで食べ放題のアジア料理店。 ●看板は「Japanese BBQ」。そのとなりに漢字で「韓国料理」 ●メニューは英語・日本語表記 ●広東語を話すオーナーと中国語を話すシェフにウェイター 。。。ここ何処???(笑)妙に暖かいシャリのお寿司をつまんでいると、いっそう不思議な気分になります。 奇しくも自分の10日ほど前に滞在したKさんのブログのエントリーに詳しいですが、バンクーバー、そして隣接するリッチモンドのアジア人構成比の高さには、目を見張るものがあります。我々のホテルがあったのはまさにそのリッチモンド。視界内にいる人すべてがアジア人ということもざらです。まあ我々もまあその一部を構成してるわけですが。 ショップの店員さんにも特徴があります。アメリカでも西海岸だとアジア人の店員さんは多い。しかし彼らは生まれも育ちもアメリカの純粋なアメリカ人。一方でバンクーバーでは明らかに母国語のアクセントのある、ネイティブでない英語を話す店員さんが多く働いています。これはワーキングホリデーを採用しているカナダならでは。アメリカでは就労ビザだの、グリーンカードだのと敷居が高く、外国人はそう簡単に働けないので。 そしてこれもKさんブログに詳しいですが、バンクーバーは語学留学などの滞在先としても人気があるようです。治安もよく、気候も比較的穏やかで、その上これだけアジア系インフラが整っていいれば、親御さんもお子さんを送り出しやすいと思います。 しかし分厚いアジアインフラは、英語習得には諸刃の剣。ただでさえYoutubeやニコニコ動画で日本のテレビを見て、Amazonで容易に日本語の本が入手できる時代。成果を上げるためには、本人が高いモチベーションを維持し続ける必要があります。これは外国のどこにいても同じことですが、誘惑や同じ日本人でつるむ機会が多いだけに、より大変ではないかと。渋谷にいる子達と何ら変わらない彼らの服装を見て、ふとそんな余計な心配をしてしまうのでした。 ところで、 ![]() 久しぶりのバンクーバーには同じような形のビルがいっせいに立ち並んでいました。 明らかに森と水の美しいこの街の景観をスポイルしているような。誰が計画したんだか。。。 ちなみにウィスラーにも行ってきました。 ![]() ![]() ![]() あいにくの雨模様。次はぜひスキーしに来たいな。
Doin' Nothing
![]() カンクンにやって来ました。 この世界的リゾートについて、今更自分が説明することなんて無いですよね。いいとこですよ、カンクン。 全般的にサービスのレベルがすごい高いところでバランスしてます。決して押し付けがましくはなく、かつ適度にフレンドリー。実に気持ちいい。 あとシーフードが旨い!特にエビやタコはプリプリで、ほんとにおいしい。 さてカンクンでは何もしていません。ビーチで寝そべり、マルガリータを片手に読書。時折空を往く鴎に目を遣り、再び活字に目を落とす。 過ぎた贅沢だと思います。でも帰国後、常に単位時間あたりの生産性を意識せざるをえない生活になるのは明白。 なので心行くまで満喫させてもらいました。次いつこんな機会が巡ってくるかわからないしね。 ![]() もっとたくさん本持ってきとけばよかった
胎動
![]() サンノゼにある高級ショッピングモール、Santana Row 何か新しいことが始まるときはワクワクするものです。シリコンバレーのカフェで交わされる言葉の化学反応。自分の中で茫洋としていた思考が、具体的なアイデアへとカタチを変えていきます。 置かれた状況に不満をこぼしていても、何も変わらない。自らアクションを起こすことの大切さはアメリカで学んだことのひとつです。まだまだ漠然としてるけど、うまく動き始めるといいな。
Road Trip in Northern California
Memorial DayHolidayを月曜に控え、アメリカは3連休の週末。業界&米国生活の先輩であるLat37nさんのご案内で、サンフランシスコから南方への小旅行です。
まずはモントレーの南方に広がる景勝地、17-Mile drive。 ![]() このエリアは、1880年よりHotel Del Monteの所有地となっており、一般に開放されています。アメリカでは珍しいですね、有料ドライブウェイです。 曇りというお天気のせいもあり、カリフォルニアの太陽燦々といったイメージとは裏腹に、絶え間なく波濤が打ち寄せるさながら日本海な景観が眼前に広がります。 ![]() エリア内にはかの有名なPebble Beach Golf Linksはじめ、5つのゴルフコースが広がります。しかしはたしてこんな強風でまともにプレイできるんでしょうか? ![]() ぺブルビーチのクラブハウス ランチは近郊のおしゃれな町、カーメルにて。 ![]() にしても。。。寒い!!道行く人は真冬の装い。一方テキサスモードの抜けない自分は相当薄着です。 その後は寄り道しつつ、海岸線を辿りサンフランシスコへ戻ります。 ![]() ![]() で、最後はCliff Houseからの夕陽で締め。 ![]() 表情豊かな海岸線と夕陽の織り成す景観を心行くまで楽しみました。こういう変化に富んだ地形は、真平らな地形に慣れた目には新鮮に映ります。どちらかというと日本の景色に近いのはこっちなんですが。。。不思議なものです。 Lat37nさん、お忙しい中ありがとうございました ![]()
シリコンバレーのホテルにて
シリコンバレーの一角、クパチーノにやって来ました。
ここクパチーノにはApple Computerの本社があり、7月から同社に勤めるOliverはこちらに新居を構えます。ここに来たのは今夜遅くにやってくるOliverと合流するためです。 今日宿泊するのが、こちらCypress Hotel。「とにかく派手」とは以前宿泊されたことのあるlat37nさん評ですが、さてどんな感じでしょう。 ![]() 壁紙は水玉、カーペットはゼブラ柄。 ![]() 豹柄のバスローブ。カードには「あなたの野性を解き放て!」。 ![]() 部屋には金魚もいました。 「僕の名前はVigor!あなたの滞在中ご一緒します。楽しんでくれるとうれしいな! あなたは僕にエサをくれる必要も、水を替える必要もないよ。ハウスキーパーさんは僕をVIPとして扱ってくれるのさ!だからとにかくあなたはリラックスして、滞在を楽しんでね。時々は僕に話しかけてくれるとうれしいな!」(-_-;) 。。。ちなみにウェルカムドリンクでグラスワインが出たり、チェックイン直後に部屋に電話が入り「部屋は気に入りましたか?」などなど、なかなかフレンドリーで細やかな対応。Oliverによるとセレブの利用も多いとか。 少し値は張りますが、シリコンバレー滞在の際はぜひ。 ![]() ちなみに隣のビルはSymantec
また逢う日まで
オースティンを去る日がやって来ました。
朝から、残った家財の引き取り、レンタルしていた洗濯機&乾燥機の返却、日本への荷物の発送、車の売却と、本当に盛りだくさんの内容でした。 両親はもちろんのこと、何より終日フル回転でサポートしてくれたClass of 2009のTさんには心から感謝しています。この日の最高気温は36度。そんな中、嫌な表情ひとつ見せず、3階の部屋からの重い荷物の上げ下ろし、愛車をフル回転してのピストン輸送、自分がオースティンを離れてからの事後処理と、まさに大車輪の活躍でした。 お礼の気持ちを伝える適当な言葉が見つかりません。何を言っても物足りない感じ。月並みですが、本当に本当にありがとう ![]() ![]() いざすべての荷物を取り去ってみると、ただでさえ広い部屋がいっそう大きく見えます。2年前と変わらぬテキサスの陽光が降り注ぐリビング。読書をしているうちに、気づけばこの陽射しの中でまどろんでいることがよくありました。次はどんな人がこの光に包まれて暮らすのだろう。そんなことをふと考えてました。 森に囲まれた暖炉つきの大きな部屋。休日には鳥のさえずり以外は何も聞こえない、閑静な空間。ひとり暮らしには過ぎた環境であったのかも知れませんが、同時にそれは日本で決して得られることのないものでした。緑園都市オースティンならではの最高の贅沢を満喫できました。 そしてギリギリまで粘りましたが、わが相棒ともとうとうお別れです。 ![]() 雨の日も、嵐の日も、猛暑の日も、そして500マイルの彼方へも、自分が願えばどこへでも、不平ひとつこぼさずに連れて行ってくれました。何の変哲も無い、日本では誰も乗っていないような車かも知れません。しかし自分の2年間を最もよく支えてくれたのは、間違いなくこの車でした。 今まで本当にありがとう。次もいい相棒と巡り合えることを願ってるよ。ナンバープレートは魂とともに日本に持ち帰ります。 すべての手続きを終えたあとは、手伝ってくれたTさんご夫婦、両親とオースティン最後の晩餐in Austin。Kさんも大好きなUchi、オースティン最高の人気店です。時を忘れるほど、楽しい夕食を過ごすことができました。そしてその夜は空港ホテルに移動。 ![]() 明けた5月21日午前7時25分、オースティン・Bergstrom空港を自分を乗せた飛行機は飛び立ちました。 「最後に街の姿を見ておこう」そんな気持ちとは裏腹に朝曇りのオースティン、緑の街並は眼下の雲海の中にあっという間に消えてゆきました。 卒業式より1週間足らず、オースティンを離れるのが早すぎるかな、と感じたこともありました。でもこの空気を共有した友人達も遅かれ早かれここを去っていきます。それを見送るのも淋しさが募ることでしょう。もうここに自分がいる理由が無い以上、早く離れるのもいいのかも知れないですね。 次にここに戻ってくるのはいつだろう。そしてその頃、自分はどう変わっているのだろう。 さようならlonghorn。いつかまた逢うその日まで。 ![]() というわけで今はサンフランシスコにいます。1年ぶり。夜の気温は12度、オースティンの最高気温の1/3です。さむい。。。
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